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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)225号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本件発明の要旨)、同三(審決の理由)は、当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決の取消事由について、検討する。

一  成立に争いのない甲第二号証(本件発明の出願公告公報の補正公報、以下「本件補正公報」という。)、同第三号証(同出願公告公報)によれば、本願明細書には、本件発明の技術的課題(目的)、構成、及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1) 本件発明は、建築用等に用いられる大径角形鋼管の新規な製造方法に関する(本件補正公報訂三頁下から三行、二行)。

従来のこの種大径角形鋼管は、二枚の鋼板をそれぞれ横断面コ字状に曲げ加工し、突き合わせて溶接する方法で製造していたが、この方法では、一本の鋼管に二本の溶接線が生じるため、溶接資材及び溶接作業が鋼管コストの大きなウエイトを占め、また溶接に付随して歪取り作業も相当な量となり、コスト低減の障害になつていた。小径角形鋼管については、一枚板を曲げ加工して単一の溶接線で接合することが行われていたが、通常三五〇×三五〇ミリメートル以上の大径角形鋼管の場合は、曲げ加工その他の点で一枚板からの製造は実際上不可能と考えられていた。また、従来の方法では、二枚の鋼板の開先加工、曲げ加工、両者の合わせ作業、板付け、溶接、歪取り等多種類の工程からなるため、工程の連続化が困難で、部材の移送にも手間がかかつていた。

本件発明は、角形鋼管を一枚板鋼板で製造することにより、溶接量及びそれに付随する作業を半減させ、製造コストの大幅な低減を可能にすることを目的とするものである(同訂三頁末行ないし五頁一二行)。

(2) 本件発明は、前記目的を達成するため、本件訂正前の本件発明の要旨(特許請求の範囲)記載の構成(同訂三頁下から九行ないし四行)を採用した。

(3) 本件発明は、その要旨とする構成を採用した結果、

<1> 従来の二本の溶接線に比して、溶接資材及び溶接作業が半減し、開先加工も半減する。

<2> 溶接部の減少により、歪発生が少なくなつて歪取り作業が減少し、角形鋼管を使用時に他の部材と溶接接続する場合にも溶接部の重なりを防ぐのが容易となる。

<3> 素材から完成品まで各工程を連続して行うため、プレス加工とロール成形とを結合して、それぞれの利点を集め、工程間の移送その他作業上のムラをなくし、能率的に大量生産を行うことができる。

等の作用効果を奏する(同訂七頁第一表下一一行ないし一七行)。

二  原告は、平成三年一二月一七日、本件明細書及び図面の訂正を内容とする訂正審判の請求をし、平成三年審判第二四一九五号事件として審理された結果、平成四年一一月二五日請求公告(特許審判請求公告第七五一号)されたところ、被告から訂正異議の申立てがあつたが、平成五年一〇月二八日異議申立ては理由がない、との決定とともに、本件訂正を認める訂正審決がなされ、平成六年三月二二日訂正審判の確定登録がなされたことは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第三一号証(審決書)によれば、本件訂正は、特許請求の範囲中の<1>「一枚板鋼板」を、「一枚厚肉鋼板」に訂正し(特許請求の範囲の減縮に相当)、<2>「ついで複数段の成形ロールで角形鋼管形状に成形しつつ移送して」を、「ついで前記角形近似鋼管を複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し、かつ移送して開先突合せ面を」に訂正する(特許請求の範囲の減縮ないし明瞭でない記載の釈明に相当)とともに、発明の詳細な説明中の一一箇所を訂正(いずれも明瞭でない記載の釈明に相当)するものであることが認められる(発明の詳細な説明の訂正箇所中、前記一(1)及び(3)に引用した箇所に関係する部分は、(3)<3>の「結合して、それぞれの利点を集め、」を、「結合して、その間、図示のように開先面の突合せ仮り溶接を施し、角形断面を整形するなどして、それぞれの利点を集め、」と訂正する点である。)。

三  要旨認定の誤りについて

原告は、本件発明の特許請求の範囲は、本件審決後に本件訂正を認める訂正審決が確定したことにより、請求の原因二(2)のとおり訂正されたから、訂正前の特許請求の範囲に基づいて発明の要旨を認定した本件審決は発明の要旨認定を誤つたことになり、当然に取り消されるべきである旨主張する。

訂正審決が確定したときは、「その訂正後における明細書又は図面により特許出願、出願公告、出願公開、特許をすべき旨の査定又は審決及び特許権の設定の登録がされたものとみな」される(一二八条)ところ、別紙本件審決書によれば、本件審決は、訂正前の特許請求の範囲に基づいて本件発明の要旨を認定したことが認められるから、本件審決には発明の要旨認定に誤りがあることは明らかである。

しかしながら、審決取消訴訟において、審決が違法とされるためには、審決の認定判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることを要し、訂正発明の要旨のとおり発明の要旨を認定しても、審決が引用した公知ないし周知技術と対比して審決と同旨の理由により審決と同一の結論に達するときは、その誤りは審決の結論に何ら影響しないから、審決を違法として取り消すことはできない。

これを本件について見ると、本件訂正は、前記二のとおり、特許請求の範囲中の<1>「一枚板鋼板」を、「一枚厚肉鋼板」に訂正し、<2>「ついで複数段の成形ロールで角形鋼管形状に成形しつつ移送して」を、「ついで前記角形近似鋼管を複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し、かつ移送して開先突合せ面を」に訂正するものであるところ、別紙本件審決書によれば、本件審決は、本件発明を(a)ないし(f)の構成要件に分説し、それぞれの構成要件について、引用技術1ないし8と対比し、結論として本件発明はこれらの技術に基づいて容易に発明をすることができたものと判断したものであるが、その判断の過程において、前記訂正<1>に関連し、引用例1に、肉厚六ミリメートル、九ミリメートル、一二ミリメートル、一六ミリメートルの一枚板鋼板の角形鋼管を製造する方法が開示されていること、前記訂正<2>に関連し、引用例4に複数段の成形ロールで角形鋼管形状に成形し、かつ移送し自動溶接すること、引用例7、8に順次仮付溶接した後開先面を本溶接することが開示され、溶接を開先部分の内外面に行うことは本出願当時の技術水準からみて自明の事項である、と認定判断しているのであるから、本件審決の上記認定判断が正当であるときは、本件審決を違法として取り消すことはできない、というべきである。

したがつて、本件審決が違法として取り消すべきものであるか否かは、結局訂正発明が引用技術1ないし8に基づいて容易に発明することができたものとした認定判断の当否によつて決すべきものであつて、本件審決の前記要旨認定の誤りは当然に本件審決を違法とするものとはいえない。

この点に関し、原告は、特許庁は訂正審決により訂正後の減縮された発明が特許要件を具備していることを認めたものであるから、このような場合裁判所が訂正後の発明について判断することは特許審決制度を設けて特許要件の存否についてまず特許庁が専門技術的見地から判断をすることとしている法の趣旨に反する旨主張する。

しかしながら、本件は、特許法一二三条の規定に基づく特許無効の審判請求についてなされた審決の取消訴訟であつて、裁判所がその後になされた訂正審決における特許庁の判断に拘束される何らの法的根拠も存しないから、原告の主張は採用できない。

四  そこで、訂正発明の要旨のとおり発明の要旨を認定しても、本件審決が引用した引用技術1ないし8に基づいて訂正発明は当業者が容易に発明をすることができたといえるかについて、検討する。

(1) 引用例1ないし8に本件審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。

上記争いのない事実並びに《証拠略》によれば、引用例1は、昭和四九年三月一五日付日刊工業新聞縮刷版の写しであつて、「コスト二、三割減に」、「セイケイ建材 大径角鋼管一貫生産法を完成」の見出しで、「セイケイ建材工業(中略)は生産コストの二割から三割方の軽減、生産スピードの大幅アップが可能という画期的な大径角鋼管の一貫生産システムを完成、一四日から同社佐野工場(中略)で試運転をはじめた。これは(中略)セイケイ独自の技術を加えたP&FW工法によるもので、その仕組みは一枚の鋼板を油圧プレスで四カ所折り曲げ、それに連続して成形ロールで角型に完全フォーミングし、同一ライン上でサブマージド・アークの一面溶接を行つて製品化するというもの。従来、採られてきた方法が等厚横形鋼の突き合わせ二面溶接とか厚板四枚組みの四カ所溶接であるのに対し、セイケイの開発したP&WF工法は一面溶接で、しかも一貫して製造できるユニークなものとなつている。こんど完成した製造ラインの装置(中略)の特徴は、<1>製品精度が高く、製品の均一化がはかれる<2>溶接スピードが在来法の二から三倍と速く、しかも溶接個所の裏にアテ金をせずにフラックスを溶け込ますことができ、コストの軽減、納期の敏速化がはかれる<3>同一機で八角形など多角形管の製造ができ、サイズもキメ細かく設定できる-などとなつている。生産サイズは、三〇〇ミリ角、三五〇ミリ角、四〇〇ミリ角、五〇〇ミリ角、肉厚六ミリ、九ミリ、一二ミリ、一六ミリのもの(後略)」との記事が掲載されていることが認められる。

そして、上記争いのない事実及び大径角形鋼管についての一六ミリメートルPR映画フイルムであることについて争いのない検乙第一号証並びに成立に争いのない甲第七号証によれば、引用例2は、本件審決認定(本件審決書二〇頁七行ないし一六行)のとおりの、セイケイ建材において生産している前記大径角形鋼管の製造過程を写したPR映画フイルムであり、引用例3は、本件審決認定(本件審決書二〇頁一七行ないし二二頁八行)のとおりの、引用例2のPR映画フイルムの一部のナレーション抜粋及び工程順のスチール写真であつて、いずれも引用例1の記事内容を裏付けるものと認められる(以下、引用技術1ないし3をまとめて「引用技術1等」という。)。

(2) 前記(1)の認定事実に基づき、訂正発明と引用技術1等とを対比すると、両者は、(a)大径角形鋼管を製造する方法において、(b)一枚厚肉鋼板を長さ方向に移送した後、(c)プレスにて角形鋼管の四隅に当たる部分を一箇所宛順次曲げ加工して角形鋼管近似の形状に成形し、(d)ついで前記角形近似鋼管を成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し、かつ移送して自動溶接によつて溶接した後、(e)歪取りロールを通過させることによつて歪取りを行うことを特徴とする、(f)大径角形鋼管の製造方法である点において一致し、次の点において相違するものと認められる。

(一) 構成要件(b)において、訂正発明が移送後鋼板両側の開先加工を行うのに対し、引用技術1等では開先加工を行つていない点。

(二) 構成要件(c)において、訂正発明が開先間の隙間がそこから金型が抜け出せる最小限の寸法になる角形鋼管近似の形状に成形するのに対し、引用技術1等ではその点が明らかでない点。

(三) 構成要件(d)において、訂正発明が複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し、かつ移送して開先突合せ面を順次仮付溶接し、つぎに開先部内外面を自動溶接によつて溶接するのに対し、引用技術1等では成形ロールが複数段でなく、かつ本溶接前の仮付溶接工程がなく、溶接面が開先加工していな点。

なお、別紙審決書によれば、本件審決は、本件発明を(a)ないし(f)の構成要件に分説し、それぞれの構成要件について、引用技術1ないし8と対比し、結論として本件発明はこれらの技術に基づいて容易に発明をすることができたものと判断したものであるが、基本的には、引用技術1等を基本として必要の都度他の引用技術を引用して本件発明の容易想到性を判断したものであつて、訂正発明と引用技術1等との一致点、相違点の認定は、実質的に上記認定と異ならない。

(3)<1> 原告は、訂正発明は、構成要件(b)ないし(f)の相互的結合により、大径厚肉角形鋼管の製品としての所定断面成形を仮付溶接時に達成する、という技術的思想を有しているのに対し、各引用技術は、溶接後に改めて別途に鋼管の断面矯正工程を設けており、訂正発明が断面矯正工程を省略させた工法であるのと比べて根本的に相違しており、訂正発明における各構成要件の相互的結合も技術的思想も有しないから、本件審決が各引用技術に基づいて本件発明を容易に想到し得た、と判断したのは、誤りである旨主張する。

しかしながら、訂正発明は、前記一認定のとおり、従来のこの種大径角形鋼管は、二枚の鋼板をそれぞれ横断面コ字状に曲げ加工し、突き合わせて溶接する方法で製造していたため、一本の鋼管に二本の溶接線が生じ、コストが高くなり、工程の連続化が困難であつた等の欠点を解消し、角形鋼管を一枚板鋼板で製造することにより、溶接量及びそれに付随する作業を半減させ、製造コストの大幅な低減を可能にすることを目的するものであるのに対し、引用技術1等も、前記四(1)認定のとおり、従来技術における同様の欠点を解消し、精度が高く、均一化した製品を得ることやコストの軽減、納期の敏速化を図ること等を目的とするものである点において技術的課題を共通とするものであり、しかも、この共通の技術的課題を解決するため、両者とも、一枚厚肉鋼板の角形鋼管の四隅に当たる部分を一箇所宛順次曲げ加工して角形鋼管近似の形状に成形し、成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し、自動溶接によつて溶接した後、歪取りロールを通過させることによつて歪取りを行うという基本的構成を採用したものであつて、その技術的思想は共通している、というべきである。

訂正発明と引用技術1等との間には、前記認定の構成上の相違点が存するが、訂正発明の容易想到性は、これらの相違点に係る構成が周知又は公知の技術といえるか、いえるとした場合、引用技術1等にこれらの周知又は公知の技術を結合して訂正発明と同一の構成を得ることが当業者にとつて容易に想到し得たことかを検討することにより判断すべき事柄であり、本件審決が発明の構成要件を(a)ないし(f)に分説した上、各要件について個別的に周知又は公知の技術を検討し、これらの技術を結合して本件発明を得ることが容易に想到し得たと判断したからといつて、その認定判断に誤りがある、とすることはできない。

したがつて、訂正発明の構成要件(b)ないし(f)を相互結合して訂正発明を想到することの困難性についての原告の主張は理由がない。

<2>  訂正発明と引用技術1等とは、(a)大径角形鋼管を製造する方法であつて、(b)一枚厚肉鋼板を長さ方向に移送した後、角形鋼管に加工するものである点において一致することは、前記認定のとおりである。

原告は、訂正発明の構成要件(b)について、訂正発明は一二ミリメートル以上の一枚厚肉鋼板を使用して、該鋼板の両側をX形状に開先加工する点で他の引用技術に見られない特徴を有し、この点において訂正発明と各引用技術とは一致しない旨主張する。

しかしながら、訂正発明の要旨とする構成要件(b)は「一枚厚肉鋼板を長さ方向に移送して両側の開先加工を行うこと」であつて、一枚厚肉鋼板の厚さについての規定はなく、また、開先加工の形状も特定されていない。

成立に争いのない甲第三六号証(特許審判請求公告第七五一号)を検討しても、訂正明細書の発明の詳細な説明中に、「本発明は、大径角形鋼管を製造する方法において、後述第一表に例示したような一枚厚肉鋼板を長さ方向に移送して」(同三頁左欄九行ないし一一行)と記載され、第一表(同四頁左欄四行以下)に板厚一二ミリメートル、一六ミリメートル、一九ミリメートル、二二ミリメートル、二五ミリメートルの角形鋼管が例示されているのみで、一枚厚肉鋼板の厚さを規定する記載は存しないから、厚さ一二ミリメートル以上と限定すること自体発明の要旨に基づかない主張というべきであるが、引用例1には、板厚一二ミリメートル、一六ミリメートルの一枚板鋼板の角形鋼管を製造する方法が開示されていることは前述のとおりであるから、この点において両者に差異はない。

また、前掲甲第三六号証によれば、訂正明細書の発明の詳細な説明中に、「以下、本発明を実施例の図面によつて説明する。(中略)開先部15が図示のように正確に突合された状態で順次溶接機5によつて仮付けされる。」(同三頁左欄二一行ないし右欄五行、六行)と記載され、第3図には、X形状に開先加工されている開先部15が図示されていると認められるが、この記載事項は訂正発明の実施例を説明したものであつて、実施例は特許出願人において最良の結果をもたらすと思う構成を記載したにすぎず、実施例の記載から発明の要旨を限定することはできない。成立に争いのない甲第一二号証(引用例8)、同第三九号証(溶接学会編「溶接技術の基礎」産報出版)によれば、溶接に先立つて行う開先加工には、X形状のほか、U形、V形等種々の形状があることが認められ、特許請求の範囲において、単に「両側の開先加工を行う」とのみ規定されているときは、当業者は移送されてきた鋼板の端部の両側をこれら周知のいずれかの形状に開先加工すればよいと理解し、X形状に開先加工されるものに限定されるとは理解しないことは明白である。

原告は、上記記載からはどのような開先加工を行うのか一義的に明確でない旨主張するが、開先加工の方法について特別の限定がない以上、むしろ、周知のいずれの形状に開先加工してもよいことが一義的に明白であつて、原告の上記主張は採用できない。

そして、成立に争いのない甲第一一号証(引用例7)によれば、境文四郎「大径溶接鋼管の製造技術」の論文中には、「四・一・三 製造工程と設備技術の発展 UOE工場の代表的設備の特長と発展について述べる。(1)開先加工 溶接部の開先加工を行なう設備で、ロータリーカッターと開先加工を行なう数本のバイトが取付けられている。」(一八三頁一九行ないし二三行)と記載され、前掲甲第一二号証によれば、引用例8の(a)縁加工の項には、「縁切断加工の方法としてディスクタイプのサイドトリマーで板厚程度の幅をトリムし、バイトで開先を加工する方法と多数のバイトを用いて両側面を一〇ミリメートル程度切削し、同時に内外面の開先を加工するエッジブレーナー方式がある。(中略)開先の形状は図四・七・五のようであり、内面の開先は溶込みのため以外に内面溶接ヘッドのガイドの役目をもち、ガイドローラーはこの開先によるV溝内を移行する。」(二七七頁左欄二六行ないし四二行)と記載されていることが認められる。

したがつて、鋼管製造技術において、溶接に先立つて溶接すべき端部を開先加工することは本出願当時当業者に周知の技術であつて、引用技術1等において、この周知技術を適用して、前記相違点(一)に係る訂正発明の構成要件(b)中の両端を開先加工する構成を想到することは当業者が容易になし得たことというべきであるから、これと同趣旨に出た本件審決の認定判断に誤りはない。

<3>  次に、構成要件(c)については、訂正発明と引用技術1等とは、プレスにて角形鋼管の四隅に当たる部分を一箇所宛順次曲げ加工して角形鋼管近似の形状に成形する点において一致し、訂正発明が開先間の隙間がそこから金型が抜け出せる最小限の寸法になる角形鋼管近似の形状に成形するのに対し、引用技術1等ではその点が明らかでない点で相違すること(前記相違点(二))は前記認定のとおりである。

原告は、構成要件(c)について、引用技術1及び3は、プレスにて角形鋼管近似の形状に成形する点で訂正発明と共通しているようにみえるが、ロール成形時に製品としての所定断面成形を行うことが予定されていないため、プレス成形時に角形鋼管断面形状をどのように仕上げるのか厳密な考慮を必要とせず、これらの技術からプレス成形時の精密な断面形状を導き出すことは不可能であるのに対し、訂正発明では、複数段の成形ロールを通じて角形鋼管形状に成形することを予定しており、成形精度を高めるために、四隅のコーナーR部をできるだけ均一にし、プレス成形度とロール成形度のバランスが十分に考慮されている旨主張する。

しかしながら、引用技術1等も、一枚厚肉鋼板から角形鋼管を製造するに当たり、プレスにて四ケ所を一箇所宛順次曲げ加工するものであるから、曲げ加工される箇所は角形鋼管の四隅に当たる部分であることは自明であり、その場合四隅のコーナーR部ができるだけ均一になるように曲げ加工することは技術上当然の要請である。したがつて、その点について訂正発明と引用技術1等との間に構成上の差異はない。

そして、成立に争いのない甲第一〇号証(引用例6)によれば、引用例6には、上枠に成形用ポンチを有し、下枠に下金型を配置させ、該ポンチを下降させて下金型との間で鋼板を角型に成形するプレスにおいて(一頁左下欄五行ないし七行)、上部がインナポンチ8の幅L2より若干広い間隔を開口したほぼ角型に成形し(別紙図面3第4図D参照)、しかる後インナポンチ8を上昇させて鋼板22内より離脱させる技術が開示されていること(三頁左下欄一九行ないし右下欄七行)が認められるから、構成要件(c)において、訂正発明が開先間の隙間がそこから金型が抜け出せる最小限の寸法になる角形鋼管近似の形状に成形するのに対し、引用技術1等ではその点が明らかでない点は、当業者が設計に際し適宜選択し得た程度の単なる設計事項であるとした本件審決の判断に誤りはない。

原告は、訂正発明における一枚厚肉鋼板は板厚一二ミリメートル以上の鋼板であることを前提に、九ミリメートル以下の薄肉鋼板では鋼板端部の残留応力とプレス曲げ成形時に発生する軸方向の残留応力との合成応力によつて端面に上下の波打ち現象が起こり易いので、一枚厚肉鋼板を使用した場合のみ訂正発明の技術的思想が成立する旨主張するが、証拠上板厚一二ミリメートル以上と一二ミリメートル未満との間にそのような臨界的変化があるという技術的根拠はなく、また、引用技術1等において板厚一二ミリメートル以上の鋼板を用いる場合は訂正発明と同一のことがいえるのであるから、原告の主張は理由がない。

<4>  構成要件(d)については、訂正発明と引用技術1等とは、前記角形近似鋼管を成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し、かつ移送して自動溶接によつて溶接する構成において一致し、訂正発明が複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し、かつ移送して開先突合せ面を順次仮付溶接し、つぎに開先部内外面を自動溶接によつて溶接するのに対し、引用技術1等では成形ロールが複数段でなく、かつ本溶接前の仮付溶接工程がなく、溶接面が開先加工していない点で相違すること(前記相違点(三))は、前記認定のとおりである。

そして、成立に争いのない甲第八号証(引用例4)によれば、引用例4には、名称を「溶接管製造方法」とする発明において、「帯鋼を成形ロール1、1及び2、2により図(別紙図面2参照)に示すような断面矩形の管状に成形し(図中3で示す)、そしてこの管材3のシーム部の裏側にこの管材と同類の材質よりなる帯当て金4を管材3の移動速度と同速度で管内に供給し、(中略)サブマージアーク溶接を開始し、帯当て金4及び管材3の移動速度と同一速度で溶接を進行させ、帯当て金4も同時に溶着させるようにする。」(二頁左下欄七行ないし右下欄二行)旨記載されていることが認められるから、複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形しつつ移送して自動溶接によつて溶接することは、当業者が引用技術1等に引用技術4を適用することにより容易に想到し得たことというべきである。

また、鋼管製造技術において、溶接に先立つて溶接すべき端部を開先加工することは本出願当時当業者に周知の技術であることは、前記<2>のとおりであり、前掲甲第一一号証によれば、引用例7には、丸形大径溶接鋼管について、「四 大径溶接鋼管の製造技術」の「四・一・三 製造工程と設備技術の発展」「(5) 仮溶接→本溶接」の項に、「仮付→本溶接のラインは、溶接部の信頼性を決定する設備であり、省力化と溶接部の欠陥防止のため各種の方式が採用されている。」(一八六頁二三行、二四行)と記載され、前掲甲第一二号証によれば、引用例8には、丸形大径溶接鋼管について、「(e)仮付溶接」の項に、「仮付は突合せ部をスポット的に行う方法と全長連続して行う方法がある。(中略)全長仮付溶接と同様CO2-Arガス自動溶接法が採用されている。」(二七九頁右欄一九行ないし二三行)と記載されていることが認められ、丸形鋼管と角形鋼管とで溶接技術に格別の技術上の差異は存しない。

したがつて、引用技術1等において、引用技術4、7及び8を適用して、複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し、かつ移送して開先突合せ面を順次仮付溶接し、つぎに開先部内外面を自動溶接によつて溶接し、相違点(三)に係る訂正発明と同一の構成を想到することは当業者が容易になし得たことというべきである。

この点について、原告は、訂正発明において、構成要件(b)の開先加工、同(c)のプレス成形は、同(d)で正確な所定断面成形を行うための前工程として位置付けられており、このような方法で成形を行う場合には、加工対象としての鋼板は、一二ミリメートル以上の一枚厚肉鋼板を使用することが必要不可欠である旨、さらに訂正発明は、X形状に開先加工し、仮付溶接に続いて内外面自動溶接を実施することにより後工程において断面矯正を必要としないという引用技術1等においては奏することができない作用効果を奏する旨主張する。

しかしながら、証拠上、板厚一二ミリメートル以上と一二ミリメートル未満との間に原告主張のような臨界的変化があるという技術的根拠はなく、また、引用技術1等において前記各引用技術を適用して訂正発明と同様の方法により板厚12ミリメートル以上の鋼板を用いて角形鋼管を製造することが容易であること前述のとおりである。また、引用技術1等において前記各引用技術を適用して訂正発明と同様の方法を採用すれば、本件発明と同じく後工程において断面矯正を必要としないことは当業者が容易に予測し得た範囲内のことにすぎないから、原告の主張の理由でこの点に関する本件審決の認定判断を誤りとすることはできない。

<5>  最後に、訂正発明と引用技術1等とは、(e)歪み取りロールを通過させることによつて歪取りを行うことを特徴とする(f)大径角形鋼管の製造方法である点において一致する。

構成要件(e)に関連して、原告は、訂正発明においては、引用技術1等においては奏することができない作用効果を奏するから、両者の作用効果に顕著な差異がある旨主張する。

しかしながら、この点についても、引用技術1等において前記各引用技術を適用して訂正発明と同様の方法により厚肉角形鋼管を製造することが容易であつて、これらの引用技術の適用により原告主張の作用効果を奏し得ることは当業者が容易に予測し得た範囲内のことにすぎないこと前述のとおりであるから、原告の主張を採用することはできない。

<6>  以上のとおりであるから、訂正発明と引用技術1等とは基本的に技術的思想を共通とするものであり、訂正発明は、引用技術1等に前記各引用技術を適用することにより当業者が容易に想到できたものというべきであつて、これら引用技術の相互的結合に格別の技術上の困難は認められず、訂正発明によつて奏する作用効果は当業者が容易に予測し得た範囲内のことにすぎない。

したがつて、訂正発明は各引用技術から容易に発明することができたとした本件審決の認定判断に誤りはない。

五  よつて、本件審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田 稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

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